時間管理は束縛なのか?

こんばんは。

ですた です。

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本日のテーマは、「時間管理は束縛なのか?」

時間管理の話題を嫌う人は、

意外に多いのではないでしょうか?

「細かく時間を管理するのは、

大変だしめんどくさい。」

「自分はルーズな性格だから

出来そうにない。」とか、

思っている人が多いのかと思います。

こういう人は「自分には出来ない」と

自分に言い訳をして、

時間管理をやらないでおこうとしています。

しかし、本当は「出来ない」

のではなくやりたくないだけ。

時間管理 = 「細かく計画を立てて、

それに従って行動すること」

というイメージを持っているので、

やりたくなくなります。

人は誰でも「自分の行動は自分で決めたい」

という思いを持っている…はずです。

自由が無い。束縛される。

といったイメージが好きな人はいません。

逆に、「100パーセント自由にしていいよ」

と言われると何をしていいか

迷うのも人間なのですが。

「時間管理は必要だとは思うけど、

自分には無理だなあ」と言う人は、

口では「自分には無理」と言いながら、

心の底(あるいは無意識に)

「自分は束縛されるような人間ではない」

というイメージを持っています。

このような思いが強い人にとっては、

時間管理を始めることは、

一種の屈服だから、素直にやろうかな。

なんて思うはずもありません。

出来ない人は、自分自身に対する

考え方を変える必要がある。

しかし、これは人から言われても、

そうそう変わるものではありません。

一方、時間管理に対するイメージは

変えることができます。

「束縛されたくない」と思う人は、

時間管理を「時間割」の

延長線上にあるものだと思っているはずです。

「時間割」は学校ではとても必要なもの。

必要なカリキュラムをこなすためには、

最初に時間を割り振っておかないと、

先生も生徒も困ってしまいます。

授業を一種の会議だと考えれば、当然です。

また、生徒が社会生活を送るための

最小限の約束ごととして、

時間を守ることを教えるのは意味があると思います。

しかし、時間割には独特の束縛感があります。

「そんな窮屈な時間割はもう嫌だ」というのが、

時間管理をやろうという気にならない原因の一つ。

そして、こちらのイメージの方は

比較的簡単に変えられます。

そもそも時間管理の本質は「時間割」とは違います。

それを間違ったイメージで捉えていることが問題です。

仕事や生活での時間は、学校とは違い、

自分で判断して決めていかないといけないもの。

時間管理は自由な判断を妨げるものではなく、

判断するための材料を「整理する」

ためのものであるべきだと思います。

まとめ

・「計画を立てる」よりも、「整理する」こと

・自分を束縛するのではなく、判断材料を整理するために行う

最後に

何のための時間管理なのかもう一度、

目的意識を持つことが大切です。

それは、如何なる時にも必要なことになると思います。

では。


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ですた 2017年3月20日